大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成3年(行ウ)32号 判決 1992年7月27日

京都市北区平野東柳町四七番地

原告

藤田信男

右訴訟代理人弁護士

谷口忠武

京都市左京区聖護院円頓美町一八番地

被告

左京税務署長 田中鉄夫

右指定代理人

山本恵三

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成二年六月二一日付けでした左京産第一二二号相続税更正処分のうち、別表の申告欄記載の納付税額を越える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、被告のした相続税更正処分に、納税義務の発生時期を誤って納付税額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求める抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない)

1  亡坂田酉子(本籍、住所・京都市左京区新麸屋町通仁王門下ル大菊町一二八番地)は、相続財産を残して昭和五九年五月三日死亡した。相続人はいなかった。

2  原告は、右相続財産法人に対し、特別縁故者の財産分与請求をした。平成元年四月二六日、京都家庭裁判所は、原告に対し二、〇〇〇万円、その余の特別縁故者に対し二、四〇〇万円を分与する決定をし、同決定は、同年五月一六日確定した。

3  原告は、同年六月二三日、相続財産管理人より、分与金二、〇〇〇万円を受領した。

4  原告の相続税の申告、更正処分及び賦課決定処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別表記載のとおりである。

三  原告の主張

1  原告が、亡坂田酉子の特別縁故者として相続財産の分与を受けたのは、平成元年五月一六日である。

したがって、納税義務の発生時期は同日であり、当時施行の相続税法が適用される。

2  相続税法三条の二を被告主張のように解することは、資産の発生していないところに課税することになる。

これは、国の合理的な課税権の枠を越えるものとして、憲法三〇条、八四条に違反している。

四  被告の主張

1  相続税法三条の二は、特別縁故者として相続財産の分与を受けた場合には、当該財産を遺贈により取得したものとみなしている。

したがって、相続税法上の財産取得時期は遺贈と同様に解するべきであるから、被相続人死亡時施行の相続税法が適用される。

2  右により原告にかかる相続税の額を計算すると、本件更正処分と同額になる。

五  争点

1  特別縁故者として取得した財産に対して適用すべき相続税法は、財産取得時のそれか、被相続人死亡時のそれか。

2  相続税法三条の二は、憲法三〇条、八四条に違反しているか。

第三争点の判断

一  争点1について

1  国税通則法一五条二項四号によると、相続税の納税義務は、相続または遺贈による財産取得の時に成立すると定められている。

そして、相続は被相続人の死亡によって開始し、被相続人の一身に専属したものを除き、相続人は、相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。また、遺贈は、遺言者、即ち被相続人死亡の時からその効力を生ずる。

したがって、相続または遺贈による相続税の納税義務は、被相続人の死亡時に成立する。

ところで、民法九五八条の三に定める特別縁故者への財産分与の制度は、被相続人と特別の縁故があった者に対し、家庭裁判所の審判によって遺産の全部または一部を与えるもので、いわば遺言制度を補完するものである。

そこで相続税法は、その三条の二において、右財産分与による財産の取得を、同法三条のみなし贈与と同様、被相続人から遺贈により取得したものとみなしている。

したがって、相続税法上の右財産分与による財産の取得時期は、民法上のそれとは異なり、遺贈の場合と同じく、被相続人死亡時というべきであり、その当時施行されていた相続税法が適用される(最判昭六三・一二・一昭和六〇年(行ツ)第六三号税務訴訟資料一六六号六五二頁参照)。

2  原告は、分与財産の時価算定時と相続税法所定の基礎控除を行う時点とが異なることから、基礎控除制度の存在意義が失われて不合理であると主張する。

しかし分与財産を取得した者は、相続税法三条の二制定以後は、それ以前の一時所得として所得税が課税されていたのに比して高額の基礎控除を受けられるようになっている。しかも、財産分与制度自体、前示のように、遺言制度を補完するものとして、被相続人の積極財産のみを特別縁故者に分与する恩恵的制度である。

これらのことを併せ考慮すると、原告の主張するような事態が、相続開始時(被相続人死亡時)を基準として相続税の課税を行う相続税法の課税体系を否定しなければならない程の不合理であるとはいえない。

よって、右主張は採用できない。

二  争点2について

憲法三〇条、八四条にいう租税法律主義は、租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税手続等租税に関する事項は、すべて法律に基づいて明確に定められなければならないとするものである。

しかし、その法律の定める条件ないし内容の合理性は、租税法律主義の範囲外というべきである。そして、法律の定める課税の条件ないし内容は、それが明白かつ不合理で裁量の限度を著しく越えない限り、立法府の社会経済分野に関する合理的裁量に委ねられている。

相続税法三条の二は、課税技術上の看做し規定であって、全く所得のないところに課税所得の存在を擬制したものではなく、またこれが著しく不合理であって、立法裁量の限度を越えるものともいえない。

したがって、相続税法三条の二は憲法に適合するものである。

よって、原告の右主張は採用できない。

三  相続税の額(納付税額)

被相続人死亡当時施行の相続税法により、原告にかかる相続税の額(納付税額)を計算すると、被告主張のとおり、本件更正処分と同額になる。

四  結論

以上のとおりであるから、被告のした本件相続税の更正処分は適法であり、これに違法な点はない。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 佐藤洋幸)

別表

相続税の課税の経緯

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例